こんな時には漢方をⅡ「ストレス関連疾患と漢方治療」
                    
                      山陽小野田医師会第45回 健康ミニ講座 令和6年5月23日

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漢方は幅広く諸疾患に臨床応用されますが、日々来院される方の多くがストレス絡みの神経症状・心身症状を伴うことが多く、また関連疾患も多いため、今回の健康ミニ講座でも本演題をテーマとして取り上げさせて頂きました。
日本漢方では診療手技である四診(望診・聞診・問診・切診)の中でも切診である腹診術を最も重要視し、患者さんの病状との関連付けを行います。
腹診で確認される腹型は一種の内臓腹壁反射と推定されますが、全ての疾患・病態と関連し、特に精神心理的変化との関連性が強いものと考えられます。
この腹診術は日本漢方特有のものであり、聴講される方々にとっては視覚的にも理解し易いものと思われ、代表的な3つの腹診・腹型(①心下痞硬、②胸脇苦満、③少腹急結)とストレス疾患の関連性、その漢方治療について解説することとしました。
なお、今回の講座では漢方の四診に基づき、陰証(体力的に虚証の方)ではなく陽証(比較的体力のある方)の方のみを対象としています。

①先ず、心下痞鞕に関して。
当院は漢方のみならず消化器内科も専門としており、数多くのストレス絡みの胃腸疾患の方が来院されます。中でも代表的疾患である機能性胃腸障害や下痢型過敏性腸症候群の中には典型的な腹証、すなわち「心下痞鞕」(心下部の張りと抵抗)を呈する方がおられます。
その場合、陽証の方には半夏瀉心湯という漢方が頻用されますが、本剤は「金匱要略」という古典が原典で「嘔而腸鳴,心下痞者,半夏瀉心湯主之」と使用目標が記載されています。具体的には、「胃もたれがあって胃が痞える、嘔気がして噫気(げっぷ)が出易い、腹鳴がして軟便・下痢傾向である」といった症状に効果的ですが、これら消化器症状に加えて抑うつ・不安障害・パニック症候群、自律神経失調(眩暈・動悸)の改善にも有用です。当院に来院された複数の症例(機能性胃腸障害や下痢型過敏性腸症候群)に対して、腹証である「心下痞鞕」から選定した半夏瀉心湯により消化器症状のみならず多彩な精神症状が改善していく過程を紹介し、その効用について解説しました。
機能性胃腸障害、なかでも過敏性腸症候群では、腹痛や下痢等々の消化器症状と不安抑うつを中心とする精神症状が密接に関連し、今日「脳腸相関」と称されよく知られています。日本漢方では、これが「心下痞鞕」という腹証を目標とする半夏瀉心湯により改善されることから、「腹証」と「消化器症状・精神心理」を関連付け、「脳腸腹証相関」とも呼称しているという、漢方の少し深みの部分にも触れてお話をいたしました。

②次に、胸脇苦満について。
消化器症状などの身体的症状以上に精神失調そのもので苦痛を感じ、精神科や心療内科、さらには漢方治療を希望し来院される方も数多くおられます。精神症状は多彩ですから全てを網羅して説明することは困難であり、今回は漢方で「肝鬱」と表現される症状に絞って腹証と関連付けて解説しました。「肝鬱」は「不満・不機嫌・いらつき」といった内在する怒りであり、腹証では「胸脇苦満」(季肋部、季肋下の張った違和感)として認められます。この「胸脇苦満」も体力的虚実により腹型が相異し、対応する治療薬である柴胡剤もこれに応じて様々に変化いたします。
今回はストレス疾患に頻用される代表的2剤(四逆散、柴胡加竜骨牡蛎湯)に関して解説いたしました。四逆散は「内向性(怒りが内在し)、神経質、消極的性格の人で、憂鬱顔貌をもち、慢性的な不安症状を訴える人」、腹証的には専ら「竹の字型の腹証」(胸脇苦満と幅広く上腹から下腹にかけて腹直筋が緊張)を目標として使用されます。柴胡加竜骨牡蛎湯は四逆散より体力があり、腹証では腹力充実し胸脇苦満も明瞭で、抑うつ状態で陰性感情を抱き、動悸がし易く不眠が続くものに効果的な場合があり、いずれもストレスを契機とする精神失調に使用されます。職場でのストレスから内在する怒りが持続し、それを抑えようとする心理的葛藤の中で陰性感情に悩まれていた症例に対して、腹証から選定した上記2剤で改善していく過程を提示し、漢方の効用を解説しました。

③最後に、小腹急結について。
「小腹急結」は「瘀血」の腹証で、桃核承気湯を用いる目標とされています。
この腹証は左腸骨窩に現われ,指頭でこするように圧を加えると急迫性の疼痛を訴えることが多く、過敏な方では、膝をかがめて声を出し痛みを訴えることがあります。
瘀血とは単純な血流の停滞でなく中枢神経症状や精神症状とも関連するとされ、「小腹急結」を呈する桃核承気湯証には、体力的には実証で便秘傾向にあり、興奮し易く気のぼせや眩暈といった自律神経症状を伴う方もおられます。江戸時代の漢方解説書である「類聚方広義」には「血証、少腹急結し、上衝急迫し、心胸安からざる者を治す」と記載されています。長年に渡って便秘とストレス、苛立ち、易興奮性に苦しむ症例に対して、「小腹急結」という腹証から桃核承気湯を投与し、短期間に改善を得た症例を通じて、瘀血という漢方特有の概念と治療の有用性も解説しました。

以上、今回はストレス関連疾患(陽証例)に対して、漢方診療の中心となる3つの腹証(心下痞鞕、胸脇苦満、小腹急結)と、その代表処方(半夏瀉心湯、四逆散、柴胡加竜骨牡蛎湯、桃核承気湯)に絞って、実症例を交え出来るだけ理解し易く解説しました。
日々のこころの健康に漢方が役立つ場面があることの御理解の一助となれば幸いです。