第50回 山陽小野田医師会健康ミニ講座 令和7年3月27日

西村内科医院   院長  西村 純一 先生

食道は、喉の胃を繋いでいる25cm程度の管状の臓器です。飲み込んだ水分や食物の通路であり、消化や吸収する機能はありません。あまり目立たない臓器ではありますが、発生する疾患は多彩で重要の物も多くあります。食道の主な病気について紹介します。

・食道裂孔ヘルニア

胸と腹を隔てている「横隔膜」にある食道裂孔がゆるみ、胃の入り口が胸腔側に飛び出た状態です。食道と胃の境界がゆるくなり、胃酸や胃内の空気が食道に逆流しやすくなります後述する逆流性食道炎や、バレット食道の一因になります。

・逆流性食道炎

胃酸が食道に逆流することで起こる食道の炎症です。症状としては胸やけ、胸や喉の痛みや違和感の他、長引く咳の原因になることがあります。悪化する原因として、食道裂孔ヘルニア、食べすぎ、肥満、高脂肪食、アルコール、炭酸飲料、畑仕事などで長時間前屈みになる人、背骨が曲がり前屈み体形の人、食後にすぐ横になる習慣がある人などがあります。治療としては、悪化しやすい生活習慣の改善 (高脂肪食やアルコールの制限、体重の減量など)、胃酸を抑える胃薬の内服、重症例では手術も検討されます。以前は外科手術しか方法がなく、体への負担もありあまり行われませんでしたが、最近は内視鏡による治療が開発されています。

・食道アカラシア

下部食道括約筋を緩める機能に異常が起こり、食道と胃の境界が閉まったままになる病気です。飲み込んだ物が胃に落ちないため、食道に食べ物が溜まり食道が拡張します。食後の胸のつかえ感や嘔吐が主症状。10万人に1人程度のまれな病気です。食道アカラシアの診断方法として、内視鏡検査や、食道造影検査、食道内圧測定検査などがあります。治療としては、内視鏡的バルーン拡張術がよく行われていますが、ほとんどの場合効果は一時的であり、繰り返しの治療が必要でした。近年、非常に高い治療効果が得られる内視鏡手術が開発されました。

・食道カンジダ症

食道にカビの一種であるカンジダ菌が感染して炎症を起こす病気です。食道に起こる感染症の中では最も多くみられ、検診の内視鏡でもよく発見されます。症状としては胸やけ、胸痛、喉の違和感、食事のつかえ感、しみる感じなどがあります。免疫力の低下が発症の主な原因です。軽症であれば、免疫力の改善で自然に治癒することも多いです。症状がある場合や、軽症例以外では、抗真菌薬の内服で治療が可能です。

・食道静脈瘤

主に肝硬変の患者さんが発症する、食道の血管が瘤状に膨らむ病気です。硬くなった肝臓に血液が流入できなくなり、バイパスとして異常な血管をつくり発生します。放置されると突然血管が破れて大量の出血を起こし、命を落とすこともあります。静脈瘤は大きくなるほど出血のリスクが高くなりますが、

大きくなっても突然破裂して出血するまでは無症状のため、肝硬変の患者さんは定期的な内視鏡検査が不可欠です。食道静脈瘤は、内視鏡やカテーテルによる治療で治すことができます。内視鏡治療として内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)や内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)があります。

・食道異物

飲み込んだ物が食道内に停滞した状態。様々なものが原因になり得ます。食道の病気があり食道内に狭い場所がある人が、肉の塊や野菜などをあまり咀嚼せず飲み込んだときに起こることがあります。また、薬のシート、魚の骨や、ボタン電池などを誤って飲み込んだときに起こることがあります。薬のPTPシートの誤飲は高齢者で多く、薬のシートは切り離して保管しないようにしましょう。多くの場合、内視鏡を用いて異物除去が可能ですが、まれに食道の壁に穴が開いて手術が必要になることがあります。特に、ボタン電池の誤飲は短時間で消化管粘膜を損傷するため、緊急での処置が必要になります。

・好酸球性食道炎

好酸球というアレルギーに関わる白血球が、食道にたくさん集まって炎症を起こす疾患です。食道の動きが悪くなり、飲み込みづらさ、食事が通りにくくなる、胸やけ、胸痛などの症状が現れます。近年、原因不明のこれらの症状を訴える方のなかに、好酸球性食道炎が原因になっている患者さんがいることが明らかになってきました。5000人に1人程度の比較的まれな疾患で、30歳~50歳代の男性に多いとされています。原因はまだわかっていませんが、喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患がある人に多く発症します。内視鏡検査で食道粘膜から生検を行い、病理検査で多数の好酸球が見つかった場合に診断が確定します。治療としてはまず胃酸分泌を抑える内服薬が用いられ、半数以上の方の症状が軽減・消失します。無効の場合、ステロイド吸入薬を飲み込んで使用するという治療が行われ、

それでも改善しない場合はステロイド全身投与や、原因として疑われる食物を除去する食事療法がおこなわれます。

・食道がん

食道に発生する悪性腫瘍です。日本では毎年約2万人が食道がんにかかります。胃がんの1/5~1/6程度の発生率で、男性では6番目に多いがんです。食道がんは、食道の内腔を覆っている粘膜表面から発生します。時間が経つにつれて大きくなり、食道の壁の深いところまで進展していきます。がんの深さによって、早期がん、表在がん、進行がんに分けられます。食道がんが放置されると、食道の壁内にある血管やリンパ管から、他の臓器やリンパ節に移っていきます(転移)。また、食道の壁をこえて周囲の気管や大動脈に直接広がっていくことがあります(浸潤)。さらに正常な組織の働きを妨げ、様々な症状を起こし、治療しなければ命をおびやかす事になります。

一般的に食道がんは女性よりも男性に多く、60歳代以上の高齢者でよく見られます。食道がんの主な原因は、喫煙と飲酒です。とても熱い飲食物も、リスクの一つです。喫煙と飲酒、両方の習慣がある人はよりハイリスクです飲酒で顔が赤くなる人を「フラッシャー」といいます。フラッシャーは飲酒により体内で発生するアセトアルデヒドという発癌物質を分解する能力が低いため、習慣的に飲酒すると食道がんのリスクが非常に高くなります。日本人の約4割がフラッシャーに該当します。お酒を全く飲めない人よりも、もともとお酒に強くなく顔が赤くなる人が、鍛えて飲んでいる場合が最も危険です。

日本人の食道がんのほとんどは、詳細には「食道扁平上皮がん」といいます。頻度は少ないですが「食道腺がん」という病気があります(約7%)。食道腺がんの多くは、前に述べたバレット食道から発生し、バレット食道がんとも呼ばれ近年増加傾向のがんです。食道がんは、初期には自覚症状がほとんどありません。がんがある程度大きくなると胸の違和感、飲み込んだ時の痛み、しみる感じなどが現れます。がんが更に大きくなり食道の内腔が狭くなると、飲食物がつかえやすくなり、最終的に水も通らなくなります。徐々に体重も減少していきます。がんが食道の壁をこえ、周囲の臓器に広がっていくと、胸や背中に痛みが出ます。がんが気管などに及ぶと咳が出たり、神経へ及ぶと声がかすれることがあります。初期の食道がんは基本的に症状が無いか軽微なため、定期的な検診を受けることが重要です。特に高齢の男性で、喫煙歴や飲酒歴がある方は積極的に内視鏡検査を受けてください。

症状から検査が必要なかた、あるいは検診などで、内視鏡検査(胃カメラ)を行います。組織の一部を採取し、病理検査でがん細胞の有無を調べてがんの診断が確定します。診断が確定したら、CT検査やPET検査を行い、がんの広がりや深さを確認し病期を決定します。病期が決定したら、がんや患者さんの状態を総合的にみて治療法を決定します。ごく早期の食道癌には内視鏡的治療で根治を目指します。やや進行した癌は手術で根治を目指します。さらに進行した癌は手術、放射線療法、薬物療法の組み合わせで病勢のコントロールを行います。切除できない進行がんには、放射線療法、薬物療法、緩和治療を行います。いずれの場合も、「がんの発生場所や進行具合」「患者さんの年齢や持病などの全身状態」「治療によって起こり得る合併症(不利益)」などを総合的にみて、患者さんや家族とよく相談の上で治療を決定していきます。

早期に発見された食道がんは、内視鏡で治療できる可能性があります。外科手術と比べて、圧倒的に体への負担が少ないという大きなメリットがあります。内視鏡的治療が可能な食道がんの条件は「がんの深さが粘膜層にとどまる」「リンパ節転移が無い」というもので、基本的には無症状のがんになるため、定期的な内視鏡検診が極めて重要になります。外科手術が必要になった場合、手術の治療効果はとても高いですが、食道がんの手術は消化器の手術の中でも難度が高く、合併症などのリスクも比較的高いといわれています。体が手術に耐えられない場合や、がんの進行具合から手術が難しい場合、化学療法(抗がん剤)や放射線療法が選択されます。両者を組み合わせた化学放射線療法は、高い治療効果を示します。体の状態や、副作用の観点から抗がん剤が難しい場合、放射線療法単独を行うこともあります。食道がんが進行すると、水分や食事が通りにくくなったり、胸や背中に痛みが出る場合があり、生活の質を大きく落とします。緩和治療は体の症状と心のつらさを和らげる治療で、がんの診断と同時に進めていきます。進行食道がんによる水分や食事の通過障害を改善させるために、「食道ステント」が用いられています。内視鏡によるステント留置が可能です。